2012年1月9日月曜日

AKB48指原莉乃がソロデビュー決定「歌もうまくないし…不安」


AKB48指原莉乃がソロデビュー決定「歌もうまくないし…不安」
サーチナ 1月8日(日)19時28分配信

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AKB48の指原莉乃(19)が8日、千葉市美浜区で開催された通算24枚目のシングル「上からマリコ」の劇場盤発売記念大握手会で、エイベックスからソロデビューすることを発表した。デビューシングルが、自身初の主演ドラマ「ミューズの鏡」(日本テレビ系、1月14日スタート、毎週土曜25:55~26:10)の主題歌に決まったことも報告した。

指原莉乃は、2007年「AKB48 第二回研究生(5期生)オーディション」に合格後、体力ものや恐怖体験企画に臆病風を吹かせるヘタレキャラとしてイメージを定着させ、総選挙も27位、19位とメキメキとファンを増やしていった。

2011年には、AKB48メンバー初の単独冠番組「さしこのくせに~この番組はAKBとは全く関係ありません~」の放送が開始。大島優子、北原里英、横山由依と4人で新ユニット「Not yet」を結成。3月には「週末Not yet」でデビューすると人気はうなぎ上りで、2011年の総選挙では9位に入り、メディア選抜入りを果たした。10月からは「森田一義アワー 笑っていいとも!」の水曜日のレギュラーとして活躍している。

指原は「歌もうまくないし不安でいっぱいですがCDデビューさせて頂くということで、一生懸命頑張りますので、ファンの皆さん楽しみに待ってて下さい」とコメントしている。(編集担当:武田雄樹)


引用元:サーチナ

AKB48紅白対抗歌合戦、2月にファミリー劇場で放送決定


AKB48紅白対抗歌合戦、2月にファミリー劇場で放送決定
ナタリー 1月8日(日)18時31分配信



昨年12月20日に東京・TOKYO DOME CITY HALLで行われたAKB48のイベント「AKB48紅白対抗歌合戦」が、CSファミリー劇場にて2月26日(日)にオンエアされることが決定した。

「AKB48紅白対抗歌合戦」はAKB48が2011年最後に行ったサプライズイベント。姉妹グループのSKE48、NMB48、HKT48、そしてインドネシア・ジャカルタに誕生した初の海外姉妹グループJKT48のメンバーを交え、紅組と白組に分かれて歌合戦を展開。メンバーは自分たちの持ち歌以外の楽曲を歌唱し、通常の劇場公演やコンサートとはひと味違ったパフォーマンスで観客を楽しませた。放送時間など詳細は後日「AKB48 ネ申テレビ」特設サイトにて発表される。

また、ファミリー劇場では明日1月9日(月・祝)13:00から24:30まで「AKB48 ネ申テレビ 祝!新成人スペシャル2012」と題した特集企画が放送される。この特集ではAKB48の前田敦子、柏木由紀、板野友美、高橋みなみなどが今年成人式を迎えることを記念して、過去の「AKB48 ネ申テレビ」から新成人メンバーが活躍する回をセレクト。加えて、昨年劇場公開されたドキュメンタリー映画「DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?」など、AKB48関連番組が合計11時間30分にわたって放送される。

AKB48紅白対抗歌合戦

CSファミリー劇場 2012年2月26日(日) 放送時間未定

AKB48 ネ申テレビ 祝!新成人スペシャル2012

CSファミリー劇場 2012年1月9日(月・祝) 13:00 ~ 24:30
<放送内容>
1. 「AKB48 ネ申テレビ シーズン2」セレクト放送
 ・#1、2「山寺で悟りを開け!」(前後編)
 ・#4、5「Bメンよ、アニメを描け!」(前後編)

2. 「AKB48 ネ申テレビ シーズン3」セレクト放送
 ・#1、2「FLASH記者になり、袋とじを作れ!」(前後編)
 ・#5、6 「『RIVER』ネ申オリジナルPV撮影 in NYC!」(前後編)

3. 「AKB48 ネ申テレビスペシャル~冬の国から2010~」

4. 「AKB48 ネ申テレビスペシャル~オーストラリアの秘宝を探せ!~」

5. 「DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?」

6. 「DOCUMENTARY of AKB48 1ミリ先の未来」

引用元:ナタリー 


増田有華さん-「がんだったから、今がある。歌がある」


がんという通過点(2) 増田有華さん-「がんだったから、今がある。歌がある」
医療介護CBニュース 1月8日(日)0時0分配信

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キャッチフレーズは「笑顔ニコニコ、元気モリモリ、たこ焼きめっちゃ好きやねん!」。持ち前の明るさで、歌に、ダンスに、演技にと、活躍の場を広げる増田有華さんだ。アイドルグループ「AKB48」のメンバーとして忙しい日々を送っている彼女だが、実は「元小児がん患者」の過去を持つ。発病したのは2歳のころ。闘病後、奇跡的にがんは完治したものの、現在も先天性の免疫不全を抱えている。それでも増田さんは「がんがあったからこそ、今がある」と、過去を前向きにとらえる。そこには計り知ることのできない歌の力があった。(外川慎一朗)

―かつて小児がんだったことを告白していますね。
発病したのは2歳のころです。わたしのがんは、最初にどこの臓器で生まれたものかは分かりませんが、見つかった段階で、既にすい臓や腎臓、肝臓など、幾つかの場所に転移していたそうです。だから、2歳から2歳半までの間は大阪の病院に入院して、毎日のように点滴をつながれ、注射をされていました。「点滴をしている自分が当たり前」という感覚だけは、かすかに覚えています。

―ほかに当時のことで覚えていることはありますか。
入院中かどうかは分かりませんが、「いつも病院にいた」という程度の記憶はあります。
がんだったことを初めて聞いた時のこともよく覚えていません。小学生のころには知っていましたが、「何となく重い病」ということしか分かりませんでした。大変な病気にかかっていたと本当に理解できたのは、10代の後半になってからですかね。

―その後、がんはどうなったのですか。
2歳半くらいの時、がんが半分に減って、退院できました。その後も治療を続けるうちに、がんは徐々になくなっていきました。今、この話をしても、「医学的に証明できない」とか言われて、誰にも信じてもらえないんですけど(笑)。

―なぜ完治できたんだと思いますか。
なぜですかね。わたしにもよく分かりません(笑)。
ただ、病院で担当してくれた先生が、「いろいろな小児がんの子を診てきたけれど、この子は本当によく笑う。病人の顔じゃない」と言って母を励ましながら、懸命に治療を続けてくれました。そうした強い思いが、完治につながったのかもしれません。
もう一つ、「歌の力」も大きかったと思います。入院していた時、音楽好きの父が個室の病室でギターを弾いてくれました。わたしはそれに合わせてラムネのお菓子が入ったおもちゃのマイクを握って、元気に歌っていたみたいです。たとえ点滴がつながっていても、その時間はすごく楽しかったというのは、かすかに覚えています。

―気丈なご両親だったんですね。
そうですね。でも、いつも強かったわけでもないと思います。特に母は、わたしががんで入院してからだいぶ弱ってしまって、体重が10キロ以上も減ってしまいました。「周りの子は公園で元気よく遊んでいるのに、なぜ有華だけ病院で点滴につながれる生活を送らなきゃいけないんだろう」って。すごくショックを受けて、「この子はもう駄目かもしれない」って、喪服まで用意したくらいですから。
そんな母が頑張れたのは、本当にささやかな夢があったからだと言っていました。
それは、わたしが退院したら、一緒にファミリーレストランに行くこと。
普通、特別なお出掛けと言ったらテーマパークとか、動物園とかですよね。でも母は、もっと「ごく当たり前のこと」をしたかったみたい。それがファミレスでのお食事だったんです(笑)。退院してファミレスで一緒にご飯を食べた時、小さな手でおいしそうにスープを飲むわたしの姿を見て、それがすごくうれしかったと言っていました。

■「がんだったころの自分に励まされている」

―がんだった経験で、今につながっていることはありますか。
がんだった経験は、今のわたしのとても大きな要素になっています。マイナスの要素とはとらえていなくて、むしろ、がんを通じて強くなれたとも思っています。今こうして活動できているのも、がんがあったからなんです。

―どういうことですか。
わたしがオーディションに合格したのは、中学2年の終わりごろでした。当時は大阪に住んでいたんですが、両親は快く一人っ子のわたしを東京に送り出してくれました。
理由は、わたしががんで一度命の危険にあったにもかかわらず、こうして奇跡的に生きているから。母は「有華にはきっと特別な使命がある。生きていてくれるだけでもありがたいんだから、東京でやりたい夢をかなえてきなさい」って言って送り出してくれました。がんのおかげで大好きな歌を歌えているというのは、不思議なものです。もし、わたしががんを乗り越えていなかったら…。過保護な母のことです。東京に行くことなんて認めてくれなかったでしょう。

―そして今、歌手として活躍されていますね。
わたしにとって、生きていること自体が歌うこと、表現することそのものなんです。それくらい大切なものです。実際、家に着くと、自然と好きな音楽をかけちゃうし、外ではストリートミュージシャンの演奏に聞き入ってしまう自分がいます。歌がない人生は考えられません。
ただ、そんなわたしでも「歌をやめてしまいたい」と思うことが何度かありました。ステージでスポットライトを浴びたくない。マイクも握りたくない。そのくらいに落ち込んだこともありました。
でも、ある時気付いたんです。「歌をやめたい」と思うのは、それだけ歌が好きということなんだと。つまり、「歌を自分の誇れるものにしたい」という強い思いがあるからこそ、形にならないもどかしさで、「やめたい」と思ってしまっていたんです。一生懸命夢を追っているからこそ、落ち込んでしまったんです。
このことに気付いてからは、つらいことがあっても、「つらい、苦しいは好きの裏返し。つらいことがあれば、きっといいこともある」と、前向きに思えるようになりました。知らず知らずのうちに、がんだった2歳のころの自分に励まされているんですね。

―現在も病気を抱えていらっしゃると聞きました。
実は、今も先天性の免疫不全があります。血液検査を受けると毎回、「白血球の数値が低いね」と言われます。でも、不思議と不安はないです。
なぜかというと、ファンの皆さんから求められていると実感できる瞬間があるから。ライブを見に来てくれたり、握手会に来てくれたり。大好きなこの活動をしているからこそ、わたしは元気でいられると思うんです。
ファンの方の中に、治療が難しい病気と闘っている方がいらっしゃいます。それでも車いすに乗って握手会にいらしてくれたり、手紙を書いてくださったりしてくれる。「ライブのMCを見て、よく笑っています」という話をお聞きすることもあります。そんな姿を見ていると、「わたしも負けちゃいけない」と元気が出てきます。

■患者の不安を解きほぐす「家族みたいな存在」でいてほしい

―入院されていた増田さんにとって、病院のイメージは。
不思議なんですけど、わたしにとって病院って、「もう一つの落ち着く家」みたいな場所です。小さいころ、母に「病院、落ち着くわー」って言ったら、頭ひっぱたかれましたけど(笑)。
何でかなって考えてみると、入院していた時の先生が、すごくわたしのことをかわいがってくれたんです。今でもよく覚えています。ぬくもりがある親みたいな感じで、人としてすごく頼りがいのある女性のお医者さんでした。「もしかしたら、先生とたくさん話したから、がんが治ったんじゃないか」と錯覚するくらいに。本当によくしてもらいました。

患者さんって、先生と笑顔であいさつしたり、何気ない会話をしたりするだけで、安心できると思うんですよ。でも、患者から先生にはなかなか話し掛けづらい。だから、例えば、先生の方から「忙しくてあの患者さんに『おはよう』って言えないけど、きょうはあいさつしてみよう」とか、ちょっとした心掛けや工夫があればいいなあって思うんです。
そういう先生や看護師さんに恵まれれば、患者さんはすごく心強く感じて、病気とも闘いやすくなるはずです。だから、病院で働いていらっしゃる方には、笑顔を絶やさず、何でも話せる「家族みたいな存在」でいてほしいと思いますね。

―最後に、いろいろな病気に苦しむ患者さんへのメッセージをお願いします。
病気だからといって、マイナスの方に、マイナスの方に考えてしまうと、どこまででも落ち込んでしまいます。「わたしは病気だから何もできないんだ」というように。わたしもそう思う時がありました。でも、逆に笑顔で楽しいことを考えれば、毎日が楽しくなると思うんです。例えば、病室の中であっても絵を描き始めるとか。何か一歩でも踏み出してみれば、新しい自分を発見できたり、夢をかなえるきっかけになったりすると思うんです。だから、未来を見詰めて、ぜひいろんなことに挑戦してほしいなって感じます。

増田有華さん(ますだ・ゆか)
1991年8月3日生まれ。大阪府出身。2006年2月、AKB48第2期オーディションに合格。4月、チームKの一人として劇場公演デビュー。現在はチームBメンバー。ダンス&ボーカルユニット「DiVA」としても活動中。最新情報はブログ「」で。

主な出演作品
映画:「ウルトラマンサーガ」(チームUノンコ役)12年3月24日公開
ドラマ:NHK「野田ともうします。シーズン2」(富沢さん役)
ラジオ:文化放送「ViVADiVA!」レギュラー出演


引用元:医療介護CBニュース 

AKB前田敦子が崩れ落ちた!TVに流れなかった“レコ大”


AKB前田敦子が崩れ落ちた!TVに流れなかった“レコ大”
夕刊フジ 1月7日(土)16時56分配信



【ライブなう】日本レコード大賞を受賞したAKB48。12月30日の放送終了間際にちょっとしたハプニングがあった。

 東京・初台の新国立劇場中劇場。涙の受賞コメントに続いて、受賞曲の「フライングゲット」を歌ったまでは良かったが、よく見ると表彰楯がまだ贈呈されていない。

 ラスト5秒。歌い終わった瞬間に、司会の藤原紀香が、とっさの機転で駆け寄って、中央にいた前田敦子に楯を手渡す。全員が「ありがとうございました!」と声を揃え、番組が終わった。

 オンエアでは流れなかった続きがある。前田は楯を持ったまま膝からガクっと崩れ、感動と涙で立てなくなった。歌の間、こらえていたメンバーも号泣していた。

 打ち上げパーティー。大島優子は「まだまだ大賞はふさわしくないかもしれませんが…」と謙虚だった。企画賞を得た由紀さおりは、はるか後輩に、「この世界で長く歌うのは女の方が難しい。だからがんばって」とエール。芸道50周年の北島三郎は、「おっしょうさんを大切にしなさい」と諭した。

 AKB48をめぐっては、業界内に辛辣な見方もあった。ファンの中には、ひとりで何百枚とCDを買う人がいたのは事実で、「純粋な売り上げと言えるか?」という問題提起だ。でも、これほどファンを熱狂させた歌手が昨年いただろうか。秋元康という時代を読むことに長けたプロデューサーの手の中に、いまの流行がある。

 「フライングゲット」を歌う彼女たちを見て、ある種の既視感を覚えた。

 独特のリズム、曲調は、70年代のアフロバンド、Osibisaの「Gong Gong Song」にインスパイアされたのではなかろうか。出だしの〈ギラギラッ 容赦ない太陽が〉のフレーズは、73年にレコ大新人賞を得た安西マリアの「涙の太陽」の冒頭、〈ギラギラ 太陽が燃えるように〉の世界をほうふつ。ハデなマイクアクションは、西城秀樹がロッド・スチュワートにヒントを得て「薔薇の鎖」(74年)で取り入れた。さまざまな方程式の上にヒットがある。


引用元:夕刊フジ